浜通り ~焼津水産業発祥の地~

焼津移住ミュージシャン 湯~イチです。
焼津の観光資源を取材して動画とブログで紹介しています。

今回は、江戸時代から漁業・水産業の街として栄えていた
浜通りをご紹介します!!


↓↓↓↓動画も見てくださいね↓↓↓↓



浜通りは、魚のまち焼津の中心

焼津といえば ですよね。
たとえばマグロの水揚げ日本一
マグロの水揚げランキング 
なんと、全国の3分の1のマグロが、焼津で水揚げされています。

さらに、カツオの水揚げ日本一
カツオのの水揚げランキング

だから、マグロやカツオの加工品
ツナ缶とか鰹節とかカツオのたたきなんかも、日本一の生産で全国に出荷しているのが、ここ焼津です。

さらに、港の水揚げ全体で見ても、日本一の漁港と言えます。
漁港ランキング 
そんな焼津が、いつごろから日本を代表する水産業の街になったかというと
江戸時代から、漁業、水産加工業が発展してきたと言われています。
浜通りを歩いていると、江戸時代から水産業で栄えていた名残がたくさん見られます。

浜通りの場所

浜通りは、地図の赤い線の場所。南北1.2kmの細い道です。

車がすれ違うのはちょっと注意が必要、というくらいの細い道。

そこには、水産加工会社や神社仏閣が立ち並んでいます。

浜通りへのアクセス

焼津駅から約1km。駅前の商店街を抜けて徒歩約12分

焼津インターから車で約8分。まっすぐ約3キロです。

map.png 
 
地図を拡大してみましょう
map_z.png 

このでも分かる、江戸時代に作られた、
浜通りの象徴的な建設物があります。

さて、何でしょう?

それは・・・

黒石川(堀川)です
 P1080019.jpg
黒石川は、運河として整備された人工の川です。

浜通りの象徴~黒石川~

この川、あるものを運ぶために建設された運河なんですけどわかります?
何を運んでいたのかを探るために、注目したい、ちょっと不思議なことがあります。
それは、川の流れる向きです。
地図を見てみましょう。
川の地図 
焼津の川は、基本的に西から東に向かって流れているのに、黒石川は矢印の場所。
わざわざ、南から北に向かう運河を作ったんですね。

なぜでしょう??

この川は材木を運ぶ川だったんです。
大井川の上流、川根本町は林業の盛んな地域で、木を切って川に流して運ぶという方法が取られていました。
記録によると1600年前から行われていたそうです。
江戸時代には、その木を江戸まで運んでいたんですが、大きな船に乗せるのに、焼津港がその拠点になっていました。
そのためこの堀川が整備されていたそうです。

つまり、焼津港は漁業の基地だけでなく、材木流通の拠点でもあったんですね。

北の漁師vs南の漁師

この浜通りは3つの地区に分かれます。北から、北浜通、城之腰、鰯ケ島
それぞれのエリアで住んでた人の職種が異なります。

map_area.png 
北浜通鰯ケ島は、船を所有して漁師を束ねる「船元」と漁に出る「漁師」の家があります。
今では残念ながら、船元さんが1件あるだけですが、
建物を見るだけで、敷地の大きさが違うので、ここは船元さんだとか、ここは漁師さんだな、というのが分かります。

城之腰には、今も魚の加工業者がたくさんあり、買い物も出来ます。

北の漁師と南の漁師は、それぞれ競い合っていたそうなんです。
浜通りには、神社やお寺などがたくさんあり、漁師や魚屋さんに信仰されていました。
map_jisha.jpg 

この中で
北の弁天さん、南の青峰さんが、それぞれ、北地区、南地区の漁師に、航海の安全と大漁を祈願するお寺として信仰されていました。
特に、漁師が漁に出ている間、家に残っている奥さんたちは、夜な夜なこのお寺に集まって祈りを捧げる儀式などもあったそうですよ。

浜通りでは名前を読んでも通じない?

名前を読んでも通じない?
これ、どういうことかというと、お店に必ず屋号があるんです。
このマークです。
屋号 
例えば、真ん中の「八」という文字、マルハチ村松さんの屋号です。
社長は村松さんという方なんですが、地域ではマルハチさんって呼ばれてる。
焼津には400を超える屋号があり「屋号のまち」として観光資源としても活かそうという動きがあります。
また、焼津信用金庫(屋号は【まるせい】)さんが「屋号のまち焼津」という本も出してるんです。図書館で見ることが出来るので、それを見ても楽しいですよ。
通りを歩いていると、いろんなマーク「屋号」があるので、ぜひ、注目して歩いていただきたいと思います。

お地蔵さんは何のため?

このお地蔵さん、写真を見てもすごく古いのが分かるでしょ?
P1080084.jpg 

浜通りには、4か所のお地蔵さんがあります。
このお地蔵さん、たぶん江戸時代からいたと思われるんですが、何のために建てられたのでしょう?

それは、高潮の被害から守ってもらう、波除けの祈願をした「波除け地蔵」なんです。

というのも、昭和50年代まで、このオーシャンロードが堤防で、それより東側は海でした。
map_jizo2.png 
つまり、浜通りは海に面した街だったんですね。
だから、台風の日なんかは大変です。
P1080058.jpg 

こんな感じで、波が堤防を超えることもしばしば。
住民は、常に波の恐怖と隣合わせだったんです。
そんな波から守ってもらうための祈りを込めて建てたのが、この波除け地蔵です。
jizo.jpg 
お地蔵さんのところに行くと、由来や歴史などの説明が書かれているので、ぜひ見てみて下さい。

細い道は何のため?

koji.jpg 
浜通りには、小路と呼ばれる、小さな道がたくさんあります。
地図の青い線で示してるんですが、この道は、人が通るだけじゃなくて、あるものの通り道でした。

そう、高潮の通り道です。
高潮が堤防を越えても家が流されないよう、水が通り抜けるよう、小路を整備しました。
で、黒石川のもう1つの役割が、堤防を越えてきた海水を排水するための水路でもあったんです。

高潮との戦い

さらに、街を見ると、波との戦いを物語る構造がたくさんあります。
瀬木 
ここ、ぬかやさんという、なまり節屋さんですが、この家の前に、ある特殊な構造があります。
玄関の、この石。
アップで見ると、溝がありますよね。
高潮の時に、ここに、瀬切板を挟んで海水の侵入を防いだそうです。
さらに、玄関を開けると…P1080009.jpg

玄関から、家の奥までずーっと土間が続いてる。
このまま、黒石川まで抜けています。
万が一海水が侵入してきても、水が流れるように、こういう構造にしたそうです。
床上浸水怖くない!
自然とともに生きる、昔の人の知恵なんですね。

さらに、家の外観からも、波との戦いの名残が見られます。
P1070980.jpg 
建物の屋根が、通りに対して平行になってるんですね。
これも、万一高潮が来た時に、家が流されにくいように、という造りだそうです。
どの家もこんな向きになってます。

今では、新港ができ、埋め立てもされたので、波が襲ってくるということはなくなり、地域の人も安心して暮らせるようになりました。

浜通りの石垣は語る

この2つの写真を比べて下さい。
石垣 
左は、オーシャンロードに残されている堤防
右は浜通りに2つ残っている石造りの建物

違いが分かりますか?
色も形も違います。

左の堤防の石は、焼津の北部の山で採られた安山岩質の溶岩ですが、
右の白い石は、伊豆半島で採られた石!?なんです。

なぜ、わざわざ伊豆の石を使って家を建てたんでしょう?

江戸時代、材木を運んだ船が、江戸から焼津に戻ってくる時、船が軽くなるので、ついでに途中の伊豆で石材を運んだのだと言われています。
この石は、流紋岩質凝灰岩と呼ばれる、火山灰が固まった石です。
やわらかく、加工がしやすいので、レンガのように切って積むことが出来るんですね。

浜通りの神社仏閣

ほかにも、浜通りには特徴的な神社仏閣があります。
例えば、港の入口にある船玉浦神社(ふなだまさん)

P1080119s.jpg 

江戸時代に和歌山県の音無川上流の船玉神社から分祀されたと云われています。
船玉神社は山奥の方にあります。
どうしてそんな山の中に船の神様がいるのかというと、こんな昔ばなしがあります。
大昔、神様が行水していると、急に大雨となって、水に浮いていた一匹のクモが溺れそうになったんです。そこで、榊(サカキ)の葉っぱをクモになげてやると、クモはその葉っぱに乗って無事に岸にたどり着きました。
それを見た神様は、船というものを思いついて、クスノキの木を削って最初の船を作りました。
毎年7月26日には、例大祭が行われるのですが、ちょっと変わった風習があります。
宮司が船に乗って海に出て、お供えに赤飯を乗せた小さな船を海に納め、海上安全と大漁を祈願するそうです。
例大祭の様子は観光協会ブログのこちらの記事をご覧ください

僕がちょっと気になったのは、常照寺
ここには、仏様がたくさん納められていて、お参りすれば誰でも拝観できます。

常照寺 

左は小さな木製の仏様ですが、瘡守稲荷と言って、皮膚病にご利益があるそうです。
吹き出物ができて困ったときに、ここにお参りすると治ると言い伝えられており、治った時はお礼として、松ぼっくりを数珠のように繋いでお供えするという珍しい風習があります。

右の小さな魚籃観音は、手のひらサイズ、約6cmの観音様です。
1860年代、漁師が海から引き上げて、常照寺に寄付したそうです。

真ん中には、大きな御本尊の仏様がいらっしゃいます。
この仏様の後ろ、光背と言いますが、ちょうど頭の後ろの丸い部分「頭光(ずこう)」が銀色なの分かりますか?
この常照寺は、北京オリンピックのレスリングで銀メダルを獲得した、松永共広選手のご実家だそうで、銀メダルにちなみ、頭光を銀色にしているそうです。


おわりに


浜通りって、どういう場所か知らなかったのですが、今回取材をして、焼津がますます好きになりました。
通りには、観光客向けの案内看板がたくさんあり、この記事ではまだまだ紹介しきれていないことがあります。ぜひ足を運んで歴史の香りを感じで下さい。

この記事は、NPO法人「浜の会」の理事長、清水榮男様にご協力いただき、湯~イチが編集しました。
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